| 振り返ってばかりいる |
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映画を観ると「ALWAYS」や「狼少女」・「力道山」・懐かしマンガの映像化、WBCの戦いでは日本人が本来持っていた野球の面白さや醍醐味を想い起こし、TVを点けると「愛と死をみつめて」などが放映され、演出家の久世光彦氏の死の際には「寺内貫太郎一家」や代表映像が度々流され、音楽家の宮川泰氏の葬儀には「宇宙戦艦ヤマト」テーマ曲が高らかに流されてワイドショーの司会者やコメンテーターの目には涙が浮かんでいる。自分も25年ぶりに高校時代の同級生に会いすっかり昔話に花が咲き、昨日はペキンパーの「砂漠の流れ者・ケーブルホーグのバラード」をDVDで久しぶりに観てあまりの感傷気分に感動したりしている。どうしちまったのか?出版の世界では「国家の品格」なる本がバカに売れているそうだ。本来の日本を取り戻せと・・・・。 自分を見てみるといつも同じようなところで同じようなことに齷齪している。 疲れているのか、皆?オレ? 懐かしいだけで、「頑張ろう!!」という気持ちが一瞬浮かびはしてもなかなか持続する気配はない。振り返るほどにやりつくしたことがあるわけじゃない。 イカンイカン・・・・、このまま弱って息絶えるわけにはイカン!!・・・・と、これを読んだ人はオレを【死に際のジジイ】だと思うに違いない
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3月27日(月)10:16 | トラックバック(0) | コメント(0) | 雑記・日記 | 管理
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| アカデミー、米の |
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午前中の仕事を終えてアシスタントと交替。午後時間ができたので映画を観に渋谷へ。アシスタントの話によると『ホテル・ルワンダ』は混んでいてまだ簡単に席が獲れないということで『ブロークバック・マウンテン』を。同性愛に対して偏見がないためか、あるいはあまりにも無知なせいなのか期待したほどの<ドラマティック>はなかった。なにしろ肝心の二人に自分等を責めるほどの迷いは無い。普通に女性とも結婚し子供を儲け、昔の恋人と逢い引きを重ねる。恋人がたまたま男なだけだった。これじゃあ男と女のドラマとさほど変わりないじゃないかと思ったが、おそらく一般映画としての市民権を得るためにはそれぐらいくだけてないと理解されないのかもしれないし、キリスト教社会や1963年頃の時代も大きな意味を持っていたのだろう。『ブエノスアイレス』もそうだったが男女の恋愛に近づけないと・・・・、いやいや本来同性愛にも男と女の役割があるのだから当然といえば当然な話 ― 何もそれ以上の期待することがあってはならない。ただ純粋に愛を感じればよいのだ、ろう。ブロークバックの自然・語り口のナイーブさには嵌るほどの美しさがある。妻側の二人の苦悩と対応のあり方も面白い。また彼らがそれぞれ子供を儲けたこととバイセクシャルであるということが結果的に純粋なゲイよりも精神的に救われているということはないのだろうか? 『クラッシュ』の作品賞は妥当だと思う。日本アカデミー賞のように決まって吉永小百合などは出てこない。緻密な構成で、刺激的だった。 雑多な人種の住むアメリカでの 人間同士の測りあう距離感と緊張感は張り詰めていてとても怖いが どこかで云いようの無い優しさが全体を包み込んでいる。 次は『ホテル・ルワンダ』が見たいが見逃しそうな気配・・・・観た知人はスゴイといっていたが、なにがスゴイかは聞いていない。
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3月7日(火)00:37 | トラックバック(0) | コメント(0) | 映・DVD・V&雑記 | 管理
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